インタビュー

「Akerun」フォトシンス社のリアルな1年4ヶ月。”IoTスタートアップ+覚悟” が呼び寄せるものとは?

居酒屋の思いつきが、現実になるまで

居酒屋で、ねぎまに七味を振りながら。あるいは課題か論文の提出を間近にした、構内の自販機の前で。だれもが、「こんなのを作ったら面白そう!」と話が盛り上がった経験があるだろう。

それは加速度センサとRaspberry Piを組み合わせた、生活がちょっと便利になるガジェットだったり、はたまた人々のライフスタイルを一変させる、クールなプロダクトのアイデアだったりする。

しかし、そんな思いつきやアイデアが日の目を見ることは、ほとんどないと言っていいのではないか。それが製品として、責任を持って世に送り出すものであれば、確率はゼロに等しいのではないか。

しかし、河瀬航大さんたちの場合は、違った。居酒屋の思いつきを、全員、本業の合間をぬってプロトタイプにした。そしてこのプロダクトのために会社を立ち上げ、量産の手配を行い、2015年4月、ついにデリバリーまでこぎつけた。その居酒屋での始まりの日から今日まで、1年と4カ月のことを、今はフォトシンスCEOとなった河瀬さん、そしてメンバーの方々に、率直に、飾らずに語っていただいた。

Akerun。ドア内側の、いわゆるサムターン部分に、特殊なテープで貼り付けるだけ。スマートフォン側のアプリとのペアリングは、ウィザードにしたがって進めばOK。

Akerun。ドア内側の、いわゆるサムターン部分に、特殊なテープで貼り付けるだけ。スマートフォン側のアプリとのペアリングは、ウィザードにしたがって進めばOK。

フォトシンス CEO 河瀬 航大さん。マーケティング企業の出身。

フォトシンス CEO 河瀬 航大さん。マーケティング企業の出身。

ビジョンが “見えた” 日

河瀬さんたちのプロダクトは、「スマートロック」と呼ばれるものだ。住宅やオフィスのドアに取り付けるだけで、物理的なカギが不要になり、スマートフォンで解錠できるようになる。詳細は公式サイトに譲るが、あっけないほどに簡単、という感想だけ付け加えておく。設置に工具などは要らず、多くのドアに後づけできる。操作も “覚える”ことはほとんど不要だろう。

Akerun | スマートロック
http://akerun.com

河瀬:Akerunは、常にカギがしまっている状態を作り出してくれる、と考えていただくとわかりやすいと思います。スマートロックは、スマートフォンで操作する、ところに注目されがちなんですが、それは外から入る時だけです。今は、物理的なカギを使うのが当たり前になっていて何も思わないのですが、一度Akerunを使ってみていただければ、ユーザー体験として、かなり優れたものだと感じていただけると思います。

記者のカギに関する最も大きな不安は、外出してからの「あれ、さっきちゃんと締めたっけ?」。しかし、Akerunが勝手にカギを締めてくれるのなら、そんなことはありえない。外から入る時は、スマートフォンにインストールしたアプリで解錠する。逆に内側からは、本体に軽く触れるだけ。
また、Akerunを操作できる権限、いわば電子鍵は、アプリを通じてシェアができる。もはや植木の下に物理的なカギを隠す必要はない。

河瀬:今、いろいろなものが電子化されていると思います。しかしカギは、4000年も変わらなかったと聞いています。それがメンバーの中で違和感になっていました。今時、物理的なカギを使う必要、渡し合う必要なんてないんじゃないか。それが始まりの日、飲みの席での大きな気づきでした。一度気づくと、未来はこうあるべきだ、市場性もある、技術的にもいけるんじゃないか、と、ブレストが加速して、話せば話すほど、コンセプトやビジョンが明確になっていきましたね。

小林 奨 Co-Founder:当初は、メンバー全員、他の企業に勤めていました。IT企業だったり、家電メーカーだったり、マーケティング会社だったり……。だからこのプロジェクトを進めたのは、週末や夜だけでした。

河瀬:その時点ですでに、週1回の定例ミーティングが決まっていました。そして集まるのが週1回だったとしても、その間のタスクはみんなハンパない量(笑)。全員、すごい勢いでした。これはイケる、と思ったからではないでしょうか。

Co-Founder小林 奨さん。IT系出身。

Co-Founder小林 奨さん。IT系出身。

コア技術、Bluetooth LE

Akerunとスマートフォン間の通信は、Bluetoothで行っている。その技術的なキモは、Bluetooth LE(BLE。Blurtooth Smartとも呼ばれる)という規格だ。2010年に発表されたBluetooth4.0の一部として策定されたもので、LEとはLow Energy。その名の通り、徹底した省電力が特徴だ。Akerunの場合なら、単三電池4本で、実に2年も使えるという(もちろん、バッテリー量の低下を通知する機能も備えている)。

本間 和弘 Co-Founder:こういったデバイスが作れるようになったのは、BLEのおかげです。僕自身はWebエンジニア出身で、Akerunの前に、Bluetoothを使ったアプリの開発などを経験していました。しかし、プロダクト側、組み込み側は、未知の世界でした。Webと違って、ハードは、情報があふれているわけではないんですよね。調べたらすぐに誰かのブログに行きあたるということはない、ということです。
チップのデータシートだったり、Bluetooth SIGから何千ページもある英語の仕様書をダウンロードして、苦労しながら読み込んだり……、やはり電池の持ちとセキュリティはとても重要な部分ですから、当たり前ですが手は抜けませんでした。

関谷 達彦 VP of mechanical design:Akerunは物理的なカギも引き続き使えるようにしてあります。そうなると、モーター用のパーツと、手回し用のパーツを組み合わせる必要があります。また、今カギが開いているのか、締まっているのかを検知するセンサが二重に必要になります。これは一例ですが、そういったさまざまな機能を、大きくせず、またデザイン性を保ちつつ、どう実現するか。Bluetoothはもちろんですが、より良いものを作るためには、課題は尽きません。

akerun_03

Co-Founder本間 和弘さん。IT系・スマートフォンアプリ出身。

VP of mechanical design関谷 達彦さん。家電メーカー出身。

VP of mechanical design関谷 達彦さん。家電メーカー出身。

関谷さんのこだわりの一例。外部にヒンジをつけてしまうと、見た目が損なわれる。しかし内側にヒンジをつけただけでは、一度で閉まらずにスキマができてしまい(写真右がその状態)、この後にスライドさせるような作業が必要になってしまう。そこでヒンジにカムを一段かませることで、一度でピタっと閉まる、美しい動作を実現した(写真左)。

関谷さんのこだわりの一例。外部にヒンジをつけてしまうと、見た目が損なわれる。しかし内側にヒンジをつけただけでは、一度で閉まらずにスキマができてしまい(写真右がその状態)、この後にスライドさせるような作業が必要になってしまう。そこでヒンジにカムを一段かませることで、一度でピタっと閉まる、美しい動作を実現した(写真左)。

課題は “人” が解決する

そうして開発が進んでいったAkerunだが、もちろんなんの問題もなく進んだわけではなかった。特に、プロトタイプの後、設計を追い込む段階、事業化・量産化の段階は、一筋縄ではいかない。ビジネスとして、多くの人と関わり、責任を負うことになる。創業メンバーの平均年齢は27、8歳とのことで、何から何まで知り尽くしているベテラン、というわけでもない。

本間:いつも、何か問題があったような気がします(笑)。これはクリティカルな問題だ、ということが常にあって……、でも不思議なもので、いつも二日間ぐらいバタバタやっていると、いいアイデアが出てきたり、経験者が力を貸してくれたり……。

関谷:何かしら、道が見つかりましたね。僕たちがやっていることを面白がってくれる先輩方もたくさんいてくださって。

本間:そうですね。BLEの部分も、僕ひとりではできなかったと思います。ブレーンとして加わってくださる方だったり、チップを販売している企業だったり……、本当に助かりました。

河瀬:純粋な技術以外にも、例えばスケジュール管理だったり工場とのやりとりだったり、僕たちが至らない部分をカバーできるように、”レビュー” の機会を設けているんです。外部の、ものづくりの経験を持たれている方に入っていただいて、アドバイスをもらいました。全体を俯瞰(ふかん)し、何が足りないのか毎回指摘していただく。そういった方々がいなかったら、フォトシンスは回っていません。本当にありがたい話です。

akerun_06

歴代のケースの試作品。一番右の “お弁当箱” は、ごく初期のもの。それ以外は基本的なフォルムに変更はなく、どれも微妙な差に過ぎない。しかし、逆にその事実にこそ苦労の跡がうかがえる、と記者は感じる。

泥臭くモノを作ることと、その “覚悟”

記者は、今回の取材の下調べをしている時、「なんてスマートな、デキる人たちなんだ!」という先入観を持ってしまっていた。それは、例えばNTTドコモや、不動産仲介のHOME’Sなどの大企業との提携だったり、各紙のインタビューの、”市場規模” に着目する観点だったり……、とにかく、技術というよりも、ビジネス面で確かな力量を持っていることを感じていた。もちろん、それは間違いないのだが、しかし、こうして話を聞いていると、けっしてスマートなだけではないということが、少しずつわかってくる。

河瀬:初めは、工場にお伺いしても、話を聞いてももらえませんでした(笑)。それはそうですよね、わけのわからん、ふわっとしたベンチャーが来ても。しかも、ITプロジェクトのように、3カ月でやりたい、なんて言ったりして……、プロダクトは多分3年とか5年とか、そういうスパンが普通ですよね。

小林:そうそう、ものづくりをなめるな!というところから始まって。

河瀬:でも、何も分かっていないので教えてください、ここはどうすればいいんですか、スケジュールはこれでどうですか、品質はどちらが責任を取るんですか、と、工場の先輩方に煙たがられながらも “ぶら下がって” ……。

本間:相当に、ストレスがかかる期間だったと思います。金型の調整も大変でしたし、基板ももちろん、僕自身も慣れないなかでファームを書き込んでいくのはすごく大変でした。それでも品質の高いものを作りたい、と、全員が異常な努力をはらっていたと思います。

そんな苦しい思いをしながらも、こうしてデリバリーまでたどり着いた。なぜ、成し遂げることができたのだろうか。

河瀬:覚悟、でしょうか……。この事業をやり遂げる、ものにするという覚悟。それが全ての気がしますね。

本間:そうですね。みんな、ストレスをはねのけるだけの覚悟があったんだと思います。

河瀬:工場で門前払い、という話もしましたが、そうやって愚直に食い下がっていると、工場のおじいちゃんが丁寧に教えてくれたり、さきほどのレビューの仕組みのように、外部からアドバイスをくれる方が現れたり……。苦労もしましたが、今は幸せな環境にいると思っています。

小林:外部の方へ、僕たち自身の覚悟、思いをぶつけて、その結果、幸いなことにフォトシンスやAkerunのファンになっていただけて、深くコミットしていただけるようになった、という感じでしょうか。

河瀬:企業としてモノをお届けするというのは、社会に対して責任を持つということです。そのことはメンバーにも共通の前提として持っていて、その上で、それまで勤めていた企業を辞めて合流してくれています。全員が、覚悟を持っているんです。


河瀬さんたちの核となる部分にあったのは、”覚悟” 。けっしてスマートなビジネスプランだけではなかった。そしてその核が強い力を放って、さまざまな “人” たちを引きつけていった。ーー野暮を承知でまとめれば、そういうことになるだろうか。Akerunの初回の予約分はすでに完売。そして前述の通り、大企業との提携も発表している。河瀬さんたちの覚悟が放つ引力は、この1年4カ月を経て、ますます強くなっているようだ。

株式会社フォトシンス(Photosynth Inc.)
http://photosynth.co.jp/

Device Plus 編集部

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電子工作マニュアル Vol.4