「名工」と言えば寺社建築の棟梁や刀鍛冶、陶芸家……だけではない。デバプラ読者なら、現代のモノづくりの世界にも「名工」と呼ぶべき人がいることをご存じだろう。斎藤 克摩さんも、そのひとりだ。
厚生労働省が実施している、通称「現代の名工」(正式名称:卓越した技能者)は、さまざまな技能者のなかから特に優れた人を表彰する制度。この2014年11月、斎藤さんは全国の受賞者149人のなかで、3番目の若さで名工に選ばれた。その技能は、”ハンダ付け” だ。
ハンダ付けといっても、そんじょそこらのハンダ付けではない。斎藤さんが所属するのは、NEC東芝スペースシステム(※現NECスペーステクノロジー)。その名の通り宇宙に飛ばすモノ、つまり人工衛星やその搭載機器などを作る会社だ。そして斎藤さんが手がけたのは、あの「はやぶさ」。
2010年の感動的な帰還、そして今年の「はやぶさ2」打ち上げ、ともに記憶に新しい。このはやぶさの「脳」とも「神経」とも言える電子部品の製造を担当したのが、斎藤さんが率いるチームだった
はやぶさについて、普段のお仕事について
ー「現代の名工」の表彰、そして「はやぶさ2」の打ち上げ成功、おめでとうございます。
ありがとうございます。無事に打ち上がって、やはりほっとしています(笑)。
初代「はやぶさ」は、本当に大変な仕事でした。「はやぶさ2」は、設計もわれわれも、ずいぶんと良くなりました。無事にミッションを遂げられることを願っています。
ー普段われわれが使う電子機器とは違い、ずいぶん過酷な環境で働くモノをお作りだと思います。どんなお仕事なのでしょうか。
「はやぶさ2」で私たちのチームが担当したのは、基板115枚のハンダ付けです。手作業で、一枚一枚ハンダ付けをしていきます。
やはり宇宙ですから、要求は厳しいものになります。打ち上げの振動は相当なものですし、温度変化も、例えば通常が0度〜60度ぐらいの幅を想定して作るとすれば、われわれの仕事ではマイナス150度〜プラス100度くらい、実に250度の温度変化を想定します。
当たり前ですが人工衛星は、10年単位の稼働時間で、修理は不可能です。重さの問題もあって、ひとつひとつはわずかとは言え、必要以上のハンダが積み重なれば、その重量が機体に与える影響は無視できません。
他にも、放射線や静電気への対策など……、民生品と比べると一手間、二手間もかかるところが多いんですね。これは機械ではなく、手作業でなければできないところです。
われわれが担当させていただいた基板115枚、1枚につき500個から2,000個ぐらいの部品が載っています。
ーつまり、ざっくり少なめに数えたとしても、10万か所以上、膨大な数のハンダ付けをしていることに……。
そうですね。しかし、「はやぶさ2」だけを作っているわけではありませんし、他の人工衛星も担当しています。ごくごく普通のことです。
ー斎藤さんはチームリーダーで、マネジメント業もあると思います。スタッフの方ではなく、ご自身が作業する理由はなんですか?
特に難しいところだったり、スタッフの自信がないところ、新しい工法のところなんかは……私がやらなくてはならない、という感じでしょうか。やはりこの仕事が好きなんです。許されることなら、ずっとハンダゴテを握っていたい(笑)。……というのは言い過ぎですが、顕微鏡をのぞきながらああでもないこうでもないと、どうしたらうまくいくかを考えているのが、正直に言って、大好きです。
ハンダ付けのコツは?
ーデバプラの読者に、ハンダ付けがうまくいかないという人が多くいます。ハンダ付け一筋26年の斎藤さん、ぜひそのコツを教えてください。
コツはないです。
ーおっと……(笑)。では、斎藤さんはどうやってうまくなったのですか?
……というか、コツ、とか考えたことがありません。ひたすら自分との戦いです。そういうことだと思っています。
学生時代は、(ハンダ付けを)ちょこっと作業したことがあったぐらいです。特に好きだとか、たくさんハンダ付けをしたとか、そういうことはありませんでしたね。不器用でしたし。
工業高校を卒業後、今の仕事に就いて、宇宙の仕事に携わるようになってから、ハンダ付けの奥深さを知ったんです。そこからは、ハンダ付け一筋、宇宙一筋できています。
強いていうなら、これまでずっとやってきたのは、「工夫をし続けること」です。先ほど申しあげた通り、こうやったらもうちょっとうまくいくのではないかとか、設計をこうした方がやりやすいんじゃないかとか、常に考えています。
若いスタッフを見る立場でもありますが、ずっと言っています。「与えられたものをその通りに作るだけではなくて、常に考えながらやろう」って。
ー道具や作業場にはこだわりはありますか?
ないです(笑)。
いや、それほどこだわらない方だと思います。普通にどなたでも買えるものを使っていますし、例えば自分用に大げさにカスタムをするとか、皆さんが使わないものを使うとか……、そうした秘技みたいなものはありません。どれもごく普通のものです。
一番重要なことは、道具そのものよりも、やはり「工夫」です。考えながらやることです。図面通りにやるだけではなくて、ちょっと部品を自分で加工してから作業したら品質が上がるとか、基板に部品を乗せる順番とか、ハンダゴテをあてる時間とか、熱の加え方とか……。いろいろあると思います。考えて、やってみる。工夫してみる。
若いスタッフにも、いつも「やってみて、考えよう」というようなことを言っています。実際に自分の手でやってみて、それから一緒に考えると、実感も湧くしアイデアも出る。身にしみるというか腕になるし、身につきます。
やってみて、失敗したとしても、それも経験です。また考える。それが重要なことです。
ーハンダ一筋26年の斎藤さんも、まだ工夫をするところがありますか?
もちろんあります。毎日試行錯誤です。そのあたりが、「自分との戦い」でもあります。いまだに、なにが正解なのか見えていません。
また、考えるだけではなくて、先輩、ベテラン、若手問わず、いろいろな人に教えを請うています。宇宙のモノづくりは幅が広いですから、わからないことだらけです。だから、いろいろな人に会って話を聞く。教えてもらう。若い人にも教わることだらけです。実際にハンダの腕もいいですし。
ーハンダ付けのために、普段からしていることはありますか?
ハンダ付けのため、というわけではありませんが、やはり健康管理には気をつかっています。体調が悪いと、仕事の精度に影響しかねません。それはスポーツ選手と同じことだと思っています。規則正しい生活をすることが重要です。
メンタルの部分に関しては、本当に親に感謝しています。というのは、あまり、考え過ぎて悩むタイプではないので(笑)。多少何かあったとしても、ハンダゴテを握ればぎゅっと目の前の作業に集中できます。
「この仕事、たまりません」
ー作業中に、雑念が浮かんだりしませんか?
あります。「最近、近いものが見にくくなった」とか(笑)。
でも、ハンダ付けは、短時間に特別な集中力を発揮する、という仕事ではないんです。むしろ、長い目で見た精度が必要で、それはコントロールできます。これも、自分との戦いの一部ですね。
ーなるほど。小手先のテクニックうんぬんではなく、そうした日々の取り組み方が重要、ということですね。では最後に、デバプラ読者にメッセージを。
この仕事は、「たまらない」です。自分の作ったモノが、世紀の大発見につながるかもしれない。世界中の人の生活を変えるかもしれない。そういう仕事ができるのは、ほんとうにたまりません。幸せです。もしよかったら、ぜひものづくりの道を目指してください!
斎藤さんのハンダ付け極意をまとめるとすれば、「考えよ」ということになるだろうか。特別な道具があるわけでも、人が知らないスペシャルテクニックがあるわけでもない。ただ集中して、よりよい仕上がりを目指して考え、工夫を積み重ねること、そして26年この道一筋できても、まだまだ先があるというとらえ方をすること。その謙虚さ、ものごとを追求する姿勢は、まさに「現代の名工」と呼ぶにふさわしいと感じた。
そうした日々の仕事の根底に流れるのは、「自分のしていることが、大好きで楽しい!」というエモーションなのだろう。斎藤さんは、よくチームのメンバーに「楽しい?」と声をかけるという。「好きこそ物の上手なれ」とは言い古されたことだが、改めてこの言葉の力強さを思い知った取材チームだった。