実は今回、高専ロボコン取材班には、萱原 正嗣さんにも加わってもらっている。言うまでもなく、あの『闘え!高専ロボコン ロボットにかける青春』の著者だ。
その目的は、地区大会と全国大会の、見えないつながりを探ること。この記事では、その著作の中でフィーチャーされたチームの「その後」に注目してもらった。各地区大会の振り返りと「その後」、さらに明日に決戦を控えたメンバーの話を併せて、萱原さんによる観戦・取材記をお届けしたい。
『闘え!高専ロボコン: ロボットにかける青春』
萱原 正嗣 (著), 全国高等専門学校ロボットコンテスト事務局 (監修), 見ル野 栄司
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火花を散らす、四国の両雄
2017年10月、高専ロボコン第30回大会の地区大会が全国各地で開催された。四国地区大会は、全国にその名を轟かす両雄の一騎打ちとなった。
準決勝に駒を進めたのは、長年四国の絶対王者として君臨してきた「詫間(香川高専詫間キャンパス)」の2チームと、近年急速に力をつけ、詫間の座を脅かす「高松(香川高専高松キャンパス)」の2チーム。決勝に進んだのは、詫間Aチーム「Impact」と高松Aチーム「Sundogs」である。
詫間は全国で最多の4度の優勝と最多20回の出場を誇る。対する高松は昨年全国優勝、一昨年は全国準優勝を果たしている。昨年の地区大会、絶対王者の詫間は、A・B両チームとも惜しくも高松に敗れて全国大会出場を逃した。昨年の四国を制したのは高松である。今年は詫間が雪辱に燃えていた。
今年の競技課題は「大江戸ロボット忍法帖」。ロボットと本陣にゆるく取り付けた風船を、柔らかいプラスチック製の刀と秘密道具で割る競技だ。風船はしっかりと固定されているわけではなく、揺れ動く風船を柔らかい刀や秘密道具で割るのは容易ではない。
今年のルールの最大の見所は、10年ぶりにロボットどうしの接触が認められた対戦型になったことだ。ロボットどうしの激しいぶつかり合いが頻繁に起きる。選手は思い通りにロボットを動かせるわけではなく、そのため試合展開の予測が難しい。詫間・高松の両雄も、際どい試合展開になることもあった。
ルールでは、1チームで3台までロボットをつくることが認められ、そのうち2台を試合に使うことができる。タイプの異なる2台で試合に臨むチームもあれば、似たようなタイプのロボットを2台並べるチームもある。詫間は前者、高松は後者の戦略だ。詫間の2台のマシンは、伸縮可能なX型の腕を持ち、本陣の風船を一気に割る「Eclipse X」と、ハエたたきで本陣とロボットの風船を個別撃破する「Mother」だ。対する高松の2台のマシンは、いずれも揺れ動く風船を掃除機の要領で吸い付け、吸引力で風船を割る秘密道具を持っている。
勝敗を分けたひとつのミス
試合開始15秒、詫間の「Eclipse X」が、高松の2台のマシンの間をすり抜け、高松の本陣を急襲する。準決勝の高松Bとの試合でも試合途中で「Eclipse X」が相手本陣を襲撃し、開始40秒ほどで試合を決めた一撃必殺の技である。
これで早くも試合が決まるかと思われたそのとき、自慢のX型アームが、腕を伸ばすことなく手前に倒れてしまう。マシンの不具合かと思われたが、マシンを操縦していた森拓人さん(5年生)は、「完全に僕の操作ミスです」と悔しそうに振り返る。森さんはチームリーダーでもあり、「Eclipse X」を中心になって開発してきた。
「Eclipse X」には、本陣攻撃中に相手から攻撃を受けて風船を割られないよう、防御の機構を持たせている。4.3メートルの高さまで伸ばせる竿の先端に風船をつけ、それだけは割られないようにする機構だ。
「防御用の竿とX型アームの操作には、共通のエアシリンダを使っていました。X型アーム用にエアを残しておかなければいけなかったのですが、操作に集中するあまり、そのことを忘れてしまいました」
それでX型アームが使えなくなり、詫間の分が一気に悪くなる。高松は、詫間の本陣攻撃よりも先に相手の本陣の風船を割るべく、2台のマシンを詫間の本陣に突進させていた。詫間は本陣防御にもう一台のマシンを残していたが、1対2では攻撃を防ぎきれない。開始45秒過ぎ、高松が詫間の本陣のすべての風船を割り、高松が四国連覇を成し遂げた。
決勝戦の様子を、ピットクルーの廣本宗優(むねまさ)さん(
「準決勝で詫間さんに敗れたBチームから、X型アームの威力は聞いていました。うちはそれより早く相手本陣を襲撃しようと、2台のマシンを本陣に突進させた作戦が、結果的には功を奏しました」
高松の今年のメンバーは3年生2人、2年生1人と若い。
「下級生も操縦技術が上がっていましたし、今年の勝利だけでなく来年以降も見据えて、彼らに操縦を任せることにしました」と廣本さん。
それができるのも、廣本さんはじめ、
この試合の後、詫間の森さんは涙をこぼす。「僕のミスですいません……」。
昨年もチームリーダーとして大会に臨み、準決勝で敗れた同じ相手にまた今年も敗れた。5年生で挑む最後の高専ロボコン。昨年の悔しさを晴らしたい気持ちは人一倍強く持っていたはずだ。
「自分のミスで高松さんの2連覇を許してしまったことが悔しくて仕方ありませんでした」と、決勝での敗戦を振り返る。
だが、森さんの高専ロボコンはまだ終わっていなかった。四国地区から全国大会に進める切符は2枚。優勝校のほかにもう1校が推薦で選ばれる。試合後の表彰式で呼ばれたのは、詫間キャンパスAチームだった。それを聞いた森さんは、表彰式の最中に人目もはばからずにもう一度涙を見せた。「今度こそ……」森さんは心でそう誓っていたことだろう。
地区大会後、詫間・高松の両チームは、全国大会に向けてマシンの改良に取り組んだ。なかでも特筆すべきは、決勝戦で勝敗を分けた詫間の「Eclipse X」に加えた改良だろう。
「防御用の竿のアームとX型のアームでエアタンクを分けました。操作ミスで肝心の機能が使えなくなるのを防ぐためです」と森さん。
「今年のルールは運の要素も強いですが、優勝を目指しています」と、詫間・森さんも高松・廣本さんも口を揃える。
地区大会直前の大きな決断
近畿地区大会では、奈良高専Aチーム「万里一空」が優勝を果たした。奈良は一昨年の全国大会で優勝・ロボコン大賞のダブル受賞を果たし、昨年は優勝こそ逃したものの大会最高記録を残して2年連続のロボコン大賞に輝いた。押しも押されもせぬ全国屈指の強豪校のひとつである。
そんな奈良の地区大会優勝という結果は一見すると順当だが、試合展開を見れば必ずしもそうではない。揺れ動く風船を割るのは容易ではないし、対戦型で相手の動きにも影響を受ける。際どい展開になる試合もあった。
奈良の作戦は攻撃に重点を置く。ときに自陣の本陣をガラ空きにして、「万里」と「一空」の2台のマシンが相手本陣に迫る。「万里」は本陣に狙いを定めた突起のある腕と、ムチのようにしなる腕を持ち、後者の腕で相手のロボットや本陣の風船を狙い撃つ。「一空」もムチのようにしなる腕を持ち、「万里」の突起と同じ構造物を飛び道具と使うこともできる。近距離から遠距離まで、「あらゆる状況に対応できるマシン」がこのロボットのテーマだ。
だが、開発当初は、「最強の攻撃」と「最強の守備」を兼ね備えたマシンを目指していた。そのコンセプトを変更したのは、地区大会のわずか数日前。その決断の背景を、メンバーの久米弘祐さん(4年生)は次のように振り返る。
「そのときまでは、防御用に長く伸びる竿を取り付けていましたが、相手が突進してくると、竿が簡単に折れてしまいます。これでは防御の役割を果たさないと、地区大会直前に竿を取り外すことを決めました」
その段階まで竿の弱点に気づかなかったことに、久米さんは「大きく落ち込んだ」とこぼすが、それが後になってプラスに作用することになる。
「地区大会終了後、マシンを改良するときに、取り外した竿の重量がきいてきました。両方のマシンに竿を取り付けていましたが、竿だけで5kgぐらいの重量がありました。それを取り外したことで、『万里』と『一空』の腕を改良し、攻撃力を高めることができました」
奈良高専も、全国大会では優勝を狙っている。
「勝つロボット」よりも「魅せるロボット」をつくる
詫間・高松・奈良の3チームは、「勝負にこだわったマシン」で大会に臨むが、勝つことよりも「魅せること」を重視するチームもある。小山高専はそのひとつだ。
小山のロボット「海底忍魚隊」は、深海魚のメンダコとチョウチンアンコウに見立てた「めん太郎」と「あん子」の2台のマシンからなる。なお、今年のルールで、ロボットには生物をモチーフにした装飾を施すことが課されている。装飾を単なる外装として施すチームが多いなか、小山は単に外装を生物に似せるだけでなく、モチーフに見立てた生物の動きをマシンの機能として実現しているところがユニークだ。
チームリーダーの福林明日香さん(4年生)は、マシンのコンセプトを次のように語る。
「『めん太郎』は布を膨ませてタコらしい姿になるように、攻撃はタコのようにたくさんの柔らかい足を振り回して風船を割ります。『あん子』は顔の前につけたチョウチンを模した2本の刀で本陣やロボットを攻撃します。背びれから飛び道具を発射して遠距離攻撃することもできます」
このこだわりは、小山の伝統として受け継がれてきたものだ。ロボットを「キャラクター」としてとらえてロボットの動きを考え、それにふさわしい外装を施す。「キャラクター」であるだけに、学生たちがロボットに抱く愛着も大きい。例年ロボットに名前をつけ、過去のロボットはロボコン研究会の倉庫で大切に保管されている。福林さんも、先輩たちが築いてきた伝統をたしかに受け継いでいる。
「偉大な先輩たちに近づけるように頑張りたい」と決意を示すが、一方ではもどかしさも感じている。
「『勝つこと』と『魅せること』を両立するのが理想ですが、なかなかそこまでは辿り着けなくて……。今年も初戦で負けてしまいました」
それでも全国大会への切符を得たのは、ロボットの「キャラクター」が評価されてのことだろう。
事実、「高専ロボコンの魅力は、勝負だけではない」ところにある。その精神を象徴するのが、「優勝」とは別に「ロボコン大賞」が設けられ、それが高専ロボコン最大の名誉とされていることだ。
「勝ったロボットには力がある。負けたロボットには夢がある」とは、高専ロボコン産みの親のひとり、東京工業大学名誉教授の森政弘先生の言葉だ。森先生らが高専ロボコンを始めたのも、学生たちの創造力を刺激し、独創的なアイデアが産まれてほしいという願いからだ。今年で30回を迎える高専ロボコンの歴史で、創始者たちの願いは今の学生の心にもたしかに根付いている。
「勝利」を目指すロボットにも、「魅了」にこだわるロボットにも、学生たちの想いと汗と涙がふんだんに詰まっている。だからこそ、それぞれに見るものを引きつける魅力がある。
「強いチーム」を応援するか、「魅せるチーム」を応援するか━━。
ロボコン観戦の楽しみ方もひとつではない。