これまで「スゴい人」ばかりを取材してきた本連載。
「もうちょっと身近な人にも話を聞いてきてや〜」という編集長の鶴の一声で、やってきました福岡県は北九州市。白羽の矢が立ったのは、ニコニコ技術部の人気者だ。
こんにちは〜。デバプラです。
おふたりが作ったのは、その名も『論文まもるくん』。ひとことで言えば、「全自動論文保存機」となる。2015年2月頃、livedoorNEWSやYahoo!ニュース、ねとらぼ、週刊アスキーPLUSなど多くの媒体で取り上げられたので、目にした読者も多いだろう。
さらに言えば、ニコニコ技術部のランキングで4日連続1位、この記事の作成時点で、2月の月間ランキングでも4位につけている(編集部注:2015年3月26日現在)。
http://www.nicovideo.jp/ranking/fav/monthly/tech
まだ見ていない人のために、動画を埋め込んでおこう。デバプラ読者なら、この3分5秒に損はない。
手にCtrl+Sをしてくれる全自動論文保存機を作ってみた – ニコニコ動画:GINZA
http://www.nicovideo.jp/watch/sm25584357
ちなみに付いているタグは、下記の通り。これが全てを語っている。
– 違う、そうじゃない
– 才能の無駄遣い
– 頭の良いバカ
– 肝心なところがアナログ
などなど。
……お、おう……
河島さんは、九州工業大学の院生。酒井さんは、九州工業大学学部生。同時にバリバリの高専ロボコンOB。そして「しょうもねえなあw」というネタではあるものの、このクオリティ。単に趣味で、ものづくりをする記者としては、果たして身近な存在と言えるのか……というギモンも浮かぶのだが、それはそれとして。
この『論文まもるくん』は、ヒットしたネタであるだけなく、福岡県の電気・電子部品メーカー・タカハ機工が主催する『第2回タカハソレノイドコンテスト(通称ソレコン)』への応募作品でもある。その結果は……、見事、ソレコン大賞を受賞。審査員長は、あの明和電機社長・土佐信道氏だ。
ソレコン結果発表|ソレノイドメーカーのタカハ機工
http://www.takaha.co.jp/solcon/result.html
ふたつの「まさか」
ーーまずは、おめでとうございます。大賞受賞、そして大ヒットのご感想を教えてください。
河島:Ctrl+Sを押しただけなのに、に尽きます。ここまでになるとは思いませんでした。「うそやん!」って(笑)。
酒井:ネットで広まったとき、僕はTwitterで見てました。誰かのツイートが流れてきて、ん?となって、それで周りの人と話してみたら、エライことになってまして。驚いたという言葉では表せない何かを感じました(笑)。
河島:メディアっていうのは、スゴイ人が出るものだと思っていました。自分たちが出るとは……、まさか、でしたね。
酒井:ソレコン大賞受賞の時は、審査会の現場にいたんです。その場で審査していたので、(事前に)大賞が決まっていたわけではなく。それで、「まあイグソレコン賞(編集部注:おバカ部門)か、いいね賞(優秀賞)ぐらいとれれば、次の製作予算になるかな」ぐらいに思っていました。
河島:で、発表の段階で……、
酒井:自分たちの名前が出てこないんですよね。「え?え?」という感じで各賞の発表が進み……、まさかまさかの大賞でした。
河島:適当に、ふざけて言っていたことが、ここまでになるとは……、アイデアが重要なんだな、って感じですね。
酒井:ひらめきですよね。
『論文まもるくん』のアイデアが動き出すまで
ーーそのアイデアはどこから来て、どうやって動き出したんですか?
河島:そもそもは、2010年にさかのぼります。ふたりが高専生の時です。とあるロボットのプログラムを書いていたら、突然のブルー・スクリーンを食らい、保存を怠っていたせいで、何時間もかけて書いたプログラムがパァになることがよくあって……。その時に「自動でCtrl+Sを押すロボットを作れば解決やろ!」と、しょうもないアイデアが浮かんだんです。しかしこのときは、机上の空論で終わりました。おふざけの、よくあるやつですね。
それから4年たって、ソレコンのことを知って、応募を決意したんです。ただこの時は、『論文まもるくん』ではなく、『ハンドベル自動演奏マシン』を計画していました。
ーーいわゆるあの、手でベルを持って並んで演奏する、聖歌隊みたいな?
河島:はい。ただ、ハンドベルは23音で、その分のソレノイド(*)を買って、それを全て制御する機械や回路を作ると、相当な費用がかかることが発覚しました。
*ソレノイド:アクチュエータの一種。電圧を掛けたとき、モーターが回転運動をするとすれば、ソレノイドは直線運動をする。
ーーおっと、予算の問題ですか。だんだん身近な存在に思えてきました。
河島:それに試作も難航していました。コンテストの締切に間に合わないかも、となって、何か別のものを作ろうということになりました。ここでついに、4年前の「Ctrl+Sマシン」のアイデアが、日の目を見ることになったのです(笑)。
アイデアがかたちになるまで
ーーそもそも、河島さんと酒井さんは、どんなチームなんですか?
河島:もともとは、北九州工業高等専門学校の先輩後輩です。いっしょに「あばうたぁ〜ず」というチームで高専ロボコンに出ていました。今回は、僕がソレコンへの応募を決意して、それから酒井に声をかけました。僕はどちらかと言えば回路やプログラムが得意で、構造物を作るのは、それほどでもありません。逆に酒井は、機械設計や加工が得意なので、「いっしょに作ってみない?」って。
あばうたぁ〜ず
http://abouters.com/
酒井:先輩にそう言われたからには、もう「はい」と答えるしか……(笑)。それは冗談ですが、ものづくりは好きですし、自分は回路系が苦手なので、面白そうだと思いました。
ーーなるほど、得意分野を分担しているということですね。では、製作はどんな感じでしたか?
河島:同じ九州工業大学にいますが、キャンパスが違うので、いつでも会えるというわけではありません。それに平日は、それぞれ研究室での活動だったり、授業だったりがあるので、いっしょに作業をするのは主に土日でした。研究室で回路を作って、週末に酒井の家に集合して調整、という感じでしたね。
酒井:僕の方は、飯塚のキャンパスにいるのですが、そこには「デザイン工房」という施設があります。学生のものづくりを支援する目的で作られたファブラボで、3Dプリンタやレーザー加工機なんかが自由に使えるんです。ここと自宅を作業場にしていた感じです。
ものづくりな人には最高の九州工業大学
ーー酒井さんは「デザイン工房」のスタッフでもあり、河島さんはロボット製作サークルのメンバーでもあるんですよね。
酒井:はい。デザイン工房には、3Dプリンターやレーザーカッターの他にも、CNCミリングマシンやカッティングマシンなど、ファブラボの標準機材と言われるものが揃っています。材料も、MDFとかモーターとか、部屋にあるものは、学生が自由に使っていいことになっています。いろいろな人が利用していますよ。
デザイン工房@九州工業大学情報工学部
https://www.facebook.com/design.studio.iizuka.kit
河島:それにしても恵まれすぎやろ〜(編集部注:デザイン工房があるのは飯塚キャンパス。現在河島さんは、若松キャンパスに在籍。その距離40キロ)。
河島:ロボット製作サークルは、「RoDEP(ロデップ)」といいます。2012年発足の新しいサークルです。僕のひとつ上の先輩たちが、タイの工科大学で活動しているロボカップレスキューの世界チャンピオンチームを見学してきて、そこで刺激を受けて、「俺たちもロボカップレスキューに出たい!」と考えたのがきっかけです。僕も発足メンバーで、ドライバー1本無い状態から、今では、ロボカップジャパンオープンで、ベスト4まで行けるようになりました。
RoDEP | Robot Development Engineering Project
http://rodep.net/
酒井:僕もRoDEPのメンバーなんですけどね、いろいろ忙しくて……(笑)
ーー河島さんの大学院での研究は、どんなものを?
河島:生命体工学研究科の石井研究室というところにいます。研究室全体では、サッカーロボット・水中ロボット・トマト収穫ロボットなど様々な分野のロボットの研究・開発を行っていますが、その中で僕は、自律型水中ロボットに関する研究に取り組んでいます。趣味でやるものづくりと違うところは、やっぱり社会とのつながりですね。社会で実際に起こっている問題に対して、どういうロボットや装置を作れば役に立てるか考えることは、それまでのロボコンや趣味の段階とは、ずいぶんと世界が変わった感じがします。
About AI.LAB – アミール・石井研究室 – AI.lab –
http://www.brain.kyutech.ac.jp/~ishii/
もっと楽しくなる冴えたやり方
ーーそれにしても、おふた方ともとても楽しそうにやってらっしゃいますね。
河島:ひとりでやるんじゃなくて、他の人といっしょに、その過程も楽しみたいと思っています。ロボコンとかそんな感じよね、
酒井:そうですね。もちろん大会も楽しいんですけどね……、
河島:一瞬なんだよね、大会は。一番思い出に残るのは、いっしょに作って、時間を共有しているところです。ものづくりを通した人との関わりっていうか。そういうところは、すごく好きです。
それに、いっしょだとモチベーションが上がりますよね。ひとりだと、やめるのもカンタンだけど、みんなでやっていると、やめるにやめられない(笑)。
酒井:今回は、僕が巻き添えくらってますけどね(笑)。
河島:そういう、ものづくりにチャレンジしたい人が、誰でも気軽に取り組める場所や環境があると楽しいですよね。さきほどのRoDEPでは、小中学生向けに、ロボット製作教室をやったり、そんな活動もしています。好きな人が、技術とふれあう場が増えればいいですね。
ーー僕たちが、もっと楽しくなるにはどうしたらいいですか?
河島:やっぱり、いっしょにやる人を見つけると楽しくなりますよ。自分ひとりじゃなくて、チームになった方が、切磋琢磨したり、ひとりだけでは思いつかないアイデアを共有できたり、いろいろな相乗効果を生むんじゃないでしょうか。コミュニティみたいなものがあるといいですよね。
酒井:あとは、思いついたものを、とりあえず作ってみるのが、いいんじゃないですかね。手でカタチにしてみると、また見えてくるものがあります。ロボコンの時も、上級生になると「できる・できない」が先にわかっちゃって、アイデアを切り捨ててしまうことがありました。でも、新入生がひらめいたものがカタチになったら、意外にそれが役に立った、というような経験もしました。まずは踏み出してみる、みたいな……。
ーーありがとうございます。すみません、ムリヤリに語っていただいてしまいました。では最後の質問です。今回の『論文まもるくん』、おふた方は、実際に使っているんですか?
河島・酒井:えーと……、使っているわけないじゃないですか!(爆)
今回、いろいろお話しをお伺いするなかで、気さくで陽気で、確かに身近な存在と感じた河島さん酒井さん。しかし同時に、クオリティやソレコン大賞のことはもちろん、普段の取り組みの濃さ、研究室の様子などを見ると、タダモノではないことも十分に理解できた取材だった。その秘密は、高専ロボコンや九州工業大学、ファブラボなどで生まれる人とのつながりと、そして気軽に「やってみる」姿勢にありそうだ。『論文まもるくん』も、そんな環境だから生まれたと言ってもいいのだろう。記者も、東京に帰ったらまずは、あのファブラボに久しぶりに顔を出そうと思った次第。
スペシャルふろく
『論文まもるくん』の技術が知りたい方のために、河島さん酒井さんが気前よく、もろもろのデータを公開してくれました。どうぞ!
回路図データ・パターン図
●回路図のPDFはこちらからダウンロード