「メイカーズ 21世紀の産業革命が始まる」を出版し、メイカームーブメントを世の中に知らしめたクリス・アンダーセン。「フリー」「ロングテール」といった、インターネットの力をビジネスマンにわかりやすく伝えたベストセラー本を出版した彼は、ここ数年DIYのAI自動運転カーに取り組んでいます。
■オープンソースのDIY AI自動運転カーとは?
自動運転カーといっても、Google傘下のWaymoやBaiduグループのApolloが手がけるような、人を乗せて公道を走るようなサイズの自動運転カーではありません。
車長30cm程度、よく見るラジコンカーのような16分の1サイズや、もっと小さいキットを使い、数メートル程度のコースを舞台に走らせるものです。
■これまでのロボットカーとの違い
迷路をロボットに走らせるマイクロマウスや、床に引いた線の上を走らせるライントレーサーなど、様々なDIYロボットカーの競技があります。それらとの違いは、画像認識のAIを搭載した車を走らせることです。Raspberry PiやNvidia Jetsonなどの高性能なマイコンボードを搭載し、GoogleのTensorFlowなどの機械学習ライブラリを使って、コースを試走させることで自動運転のためのデータを取得し、本番で走らせます。
機械学習/AIを使った自動運転カー同士で競うことがルールです。AI自動運転カーはさまざまな競技があり、その中では「参加者全員がNvidiaのJETBOTなど、同じプラットフォームを使うこと」のように、純粋なソフトウェアだけの競技になることもあります。
画像認識ベースのAIが中心になることで、競技は複雑になります。なかにはコース中にランダムに変わる道路標識があり、読み取ってコース変更しなければ減点になることもあります。きちんとトレーニングされたAIが操る自動運転カーは、まるで人間が操っているように、標識っぽいものを認識するとスピードを落とし、注意深く標識を読み取ってから再び加速していきます。
チェンマイで行われたAI Robocarレースで、スピードを落として標識を読み取りながら走る自動運転カー
これは、カメラから画像認識で読み取った情報と、サーボモーターで制御しているステアリングの切り角、そしてサーボではない普通のモーターで制御している走行用モーターの出力という別々のパラメータをもとに、「標識っぽいものが見えているから、きちんと読めるまでスピードを落とそう」という判断をAIが下しているということです。
■ブームの背景
「AIで自動運転する車」は、複数の技術の集合体です。
AIで走る車を作り、実際に走らせるということは、教育としても研究開発としてもとても効果の高いものです。多くの大企業がたくさんのテストカーを作り、実際に走らせています。ソフトウェアでのシミュレーション、それぞれ個別の要素の研究開発に加えて、最新の技術を実験として投入して結果をフィードバックすることはとても重要です。実際に使えるクオリティのものができたなら、社会でのインパクトもとても大きい。ですので、多くの研究所ではかねてから開発を進めていました。
2016~17年頃から画像認識、機械学習などのAIに関する技術がだいぶ安くなり、AI自動運転カーの研究開発が、潤沢な予算と多くのプロフェッショナルを抱えた研究所だけのものではなくなりつつあります。
多くのDIY AI自動運転カーに搭載されているRaspberry PiやNvidia Jetsonといったマイコンボードは$100程度やもっと安いもの、カメラなども数十ドル以下で入手できるものです。ソフトウェア側も進化したことにより、その程度のハードウェア上で画像認識や機械学習のフレームワークが実行可能になりつつあります。
公道を対象に本物の車を使うWaymoの自動運転車が、システム全体で$25,000程度かかっているのに対して、Raspberry Piを使ったDIY AI自動運転カーでも同じような構成のものを$200-500程度でそろえることができます。もちろん信頼製や個々のスペックは大きく異なり、単純に代替できるわけではありませんが、ラジコンカーと実際の車ほど「まったく別物」というわけではなく、中心になるソフトウェアの技術はとても似通ったものです。遊びや教育で体験するなら充分すぎるでしょう。
■育ち始めたコミュニティ
クリス・アンダーセンがDIY ROBOCARを立ち上げてから、こうした技術の民主化はさらに進んでいます。先ほどの比較表にあったRaspberry Piはパソコンと同じく様々な処理が行える汎用のコンピュータですが、2019年3月に発表されたNvidiaのJetson NanoはAIに特化したシングルボードコンピュータで、より高性能なAI処理ができます。日本でも1万2千円ほどで販売されています。このJetsonNanoをベースにしてAI自動運転カーを作るJETBOTというオープンソースの取り組みは、より多くの人を惹きつけました。オープンソースなので自分で車体を3Dプリントして作ることもできますが、Sparkfunなどの各社がJETBOTのパーツをそろえたキットを販売しています。
取り組む人間が増えてきたことでインターネット上のコミュニティに知見が溜まってきました。
■世界中に広がるコミュニティ
価格面、技術面での敷居が充分に下がり、今も下がり続けていることで、DIY AI自動運転カーの取り組みは、急速に広まっています。日本でもアスキー総研の遠藤諭さんなどが中心になった、AIでRCカーを走らせよう!など、いくつものオンライン・オフラインのコミュニティができています。
筆者は世界でいちばん多く、アジア各地のメイカーフェアに参加していますが、2019~2020年は東京・台北・深圳・チェンマイ・バンコクなどの各地でAI自動運転カーのレースが行われていました。
どこでもほとんどはRaspberry PiやJetsonをベースに構成された車がレースしていましたが、2019年には中国からRISC-Vベースのより安価なAI開発ボードが続々登場しています。遠からずそうしたボードもコミュニティに取り込まれ、自動運転の環境はより手軽に構築できるようになっていくでしょう。
深圳にいるドイツ出身のハンスは、こうしたAI自動運転カーに向けて、Raspberry Piからモーターを制御するモータードライバーボード、RoboHAT MM1の開発をクラウドファンディングのCrowdsupplyで行っています。
サーボモーターやステッピングモーターは、マイコンボードからデジタルに制御できますが、通常のモーターはアナログに電流を増やしていかないと出力が上がらないため、電子工作ではサーボに比べると敷居が高いものでした。ニーズが高まったことで、そういうハードルを下げる開発環境も、深圳他多くから登場してきています。
人間が乗れるような自動運転車の開発は、安全性・信頼製を含めて、専門家の領域で進んでいくでしょう。それでも、AI掃除機が一つのカテゴリになっているように、自分で判断して動けるガジェットには多くの可能性があります。
こうしたDIY AIロボット開発が盛んになることは、そうした可能性をますます広げていきます。