チップを拝む〜互換チップの世界〜
第1回:ToF距離センサの仕組み
第2回:加速度センサの仕組み
第3回:温度センサの仕組み
第4回:光学式マウスのチップを拝む
しっかりとした正しい知識を基礎から学び、長く電子工作を楽しむことができるようになることを目的とした今回の連載。分かりやすく解説してくれるのは、金沢大学電子情報通信学類教授の秋田純一先生です。第4回からは新シリーズ「チップを拝む」がスタート。前回は光学式マウスのパッケージを開けて、半導体チップを観察してみました。しかし、こんな簡単にチップを拝める部品はそんなに多くありません。今回は、「どこのご家庭にもある道具」を使って、チップを拝んで観察して、そこから半導体の互換品の世界を覗いてみたいと思います。
※製品の分解はご自身の責任においておこなってください。分解による故障等の損害が発生しても一切の責任を追いかねます。
目次
1. 「どこのご家庭にもある道具」でチップを拝む
前回の光学式マウスのイメージセンサのパッケージは簡単に開けてチップを観察することができましたが、ほとんどの半導体チップは黒い硬いパッケージに入っています。濃硫酸と発煙濃硝酸という、強力な薬品を使えばパッケージを溶かしてチップを取り出せるのですが、そんな道具が揃っている「ご家庭」は、そんなに多くありません。
ところが調べてみると、バーナーで炙ると、パッケージのプラスチックが灰になってチップを取り出せる、というのをやっている人がいるのを見つけました。これなら「どこのご家庭にもある道具」でできそうなので、早速やってみましょう。
(こちらの手順や解析の詳細は、拙著『揚げて炙ってわかるコンピュータの仕組み』もぜひご覧ください)
用意するもの
- BBQ火起こし用バーナー(カセットボンベのものがお手軽)
- 金属の皿(100均で売っているもので十分)
- チップを見たい電子部品
まずチップをバーナーで数分間、炙ります。やけどや、周りの燃えやすいものに火が燃え移ることがないように、十分に気をつけましょう。見た目、大きな変化はありません。十分に冷えてから、ドライバでパッケージをちょんちょんすると、少しずつパッケージのプラスチックが崩れていきます。
キラキラのチップが少し見えてきました。ここからはチップを傷つけたり割ったりしないように、周りのプラスチックを慎重に崩していきます。部品の金属の足(リードフレーム)は、ぽろぽろ取れてしまうので、そこはあまり気にせずに、チップ以外のものを取り除いていきます。
あとはスマホのマクロ撮影や、顕微鏡(USB接続の安価なものでもけっこう使えます)で観察できますね。
2. ニセモノチップとの遭遇
さて、マイコンなどをPCにUSB経由でつなぐときに、USB-シリアル変換という機能のチップがよく使われます。いくつかあるUSB-シリアル変換のICで、俗に”FTDI”と呼ばれる、FTDI社の「FT232」シリーズがけっこうメジャーなのですが、比較的安価なものとして、Prolificという台湾の会社の製品で「PL2303」というものがあります。
この製品について、メーカーから「ニセモノに注意」という案内が出ています。メーカーはニセモノが流通していることを把握しており、ニセモノ対策を打っています。ニセモノでは動作しないように対策したドライバを配布し、チェックツールも配布している、ということのようです。でもニセモノはホンモノとどう違うのだろう、どうしてニセモノを作ろうとするんだろう、ということを調べてみたいと思います。
まずはニセモノを入手せねばですが、知人から「純正ドライバで動かないニセモノがある」という情報をいただき、そのニセモノを譲ってもらいました。
明らかにホンモノとは違う、なんだかとっても安っぽいマーキングで、確かにPCにつなぐと動作しませんでした(デバイスマネージャで「?」のままでCOMポートとして認識されない)。ホンモノのPL2303には、AからDまでの4種類のリビジョン(更新版)があって、外付け部品の有無など少しずつ機能が違うのですが、この怪しいニセモノが載っていたボードの外付け部品から判断するに、どうもRevision C (PL2303HXC)かRevision D (PL2303HXD)のニセモノのようです。
そこで、Rev.CとRev.Dのホンモノを入手して、チップを比べてみることにしましょう。前回紹介した「炙る」ことで、チップを簡単に拝むことができますので、今回もこの方法を使います。
こちらが取り出した、ホンモノRev.C(左)と、ニセモノ(右)のチップですが、ぱっと見でわかるほど、明らかに違うチップです。もう少し内部を詳しく見ていきます。
こちらがホンモノのPL2303 (Rev.C)のチップ写真です。チップサイズは1.6×2.2mm、左上に渦巻きがあって、コイル(インダクタ)のようです。チップ状のインダクタはいろいろな使われ方がありますが、これはクロック信号をつくる発振回路と思われます。というのもPL2303 Rev.Cはクロック発振回路が内蔵されていて、水晶振動子を外付け不要だからです。
こちらがニセモノのチップ写真です。チップサイズは2.0×2.3mmと、Rev.Cよりやや大きいようです。インダクタは見当たりません。基板上に水晶振動子は付いておらず、クロック発振回路は内蔵されているはずなので、MEMS発振回路かRC発振回路かと思われるのですが、そこの断定までは至りませんでした。
USB-シリアル変換の機能のコアはデジタル回路なので、論理回路のかたまりです。両者ともに、論理回路部と思われる領域(ごちゃごちゃっとした細かい模様がある領域)はあるのですが、両者は明らかにその模様(回路レイアウト)が異なるので、このニセモノは、ホンモノをリバースエンジニアリングしてつくられたコピー品ではなさそうです。
ということは、VeriloHDLなどのHDLソースから論理合成・配置配線という半自動の手法で設計されたもののはずですが、ニセモノの方は、そのソースをどうやって得たのだろう?という疑問がわきます。まさかオープンソースで流通しているとは思えませんし、ゼロから設計するにしても、検証まで含めればかなりの工数がかかります。もともとそれほど高価なチップではないので、チップあたりの利益はそれほど大きいとは思えないのですが、それでもこうしてニセモノを設計、製造して販売しているということは、商売的にも勝算があってのことでしょうから、そのあたりの見積もりは興味がわきます。それか実は中身は汎用マイコンで、そこにUSB-シリアル変換のプログラムを書き込んだ状態で販売されている、ということも十分に考えられます。
さらに、両者のチップの配線の幅を計測してみましょう。チップ状の大きな正方形(パッド)の大きさを、ものさしで測ったチップ外形との比から求めます。そこからさらに倍率をあげて、パッド付近にある目印になる形状のもののサイズを、同じように比率から求めていきます。倍率をあげなら同じ手順を繰り返すと、最も細い配線が並んでいるところ(おそらくバス配線でしょう)の配線の幅を求めることができます。
この方法で最小線幅を求めてみると、純正Rev.Cが1μm、ニセモノが0.8μmと、意外にも(?)ニセモノの方が少し細かい製造プロセスのようです。ただ顕微鏡で見ているのは最上位層のメタル配線ですが、そこは下層よりも少し配線の幅が広いルールも多いので、両者ともに0.8μm、ということかもしれません。チップサイズは純正Rev.Cの方が小さいです。ホンモノのほうが設計ツールが優秀なのでしょうか。ちなみにこれくらいの世代の半導体チップだと、金属配線の幅はトランジスタのサイズ(ゲート長)とだいたい同じなので、加工寸法は1μm程度ということになります。最近の最先端の最小加工寸法は10nm(0.01μm)以下ですから、100倍近い大きいもののようです。しかしその分、「枯れた技術」であるため、安価に製造できるわけです(特に最近のかなり進んだ微細加工では技術的な難易度が急速に高くなるため、製造装置も指数関数的に高価になります)。
3. さらにニセモノを解析してみる
さて、これでニセモノの解析も一段落…と思っていたら、みんな大好き、中国の通販サイトAliExpressで、別の怪しい「PL2303(自称)」を見つけました。
商品紹介写真に写っているPL2303と思われるICパッケージにマーキングがありません。しかも価格が、とんでもなく安価(約45円)です。ちなみにボードには水晶振動子が載っていますので、Prolific社の製品情報によれば、マーキングのないPL2303(自称)は、Rev.AかRev.Bと思われます。これはアヤシイ…と、早速購入し、基板からICを取り外して、チップをみてみます。
その前に、このボードをPCに接続して純正チェックツールで調べてみると、まさかの「純正Rev.A」の判定でした。もしかして純正品で、型落ちなので投げ売りされているだけなのでしょうか(ただしチェックツールではじくのはRev.C/Dだけのようなので、Rev.Aはニセモノのチェックをしていない可能性もあります)。
これがマーキングなしRev.A(自称)のチップ写真です。チップサイズは1.85✕2.6mmでした。Rev.Cにあったインダクタはみあたりませんが、これは内蔵発振回路がないので順当です。同じ方法でこれの配線幅を計測してみると、純正Rev.Cや先のニセモノと同じ0.8μmでした。
比較として、純正Rev.Aを入手してみました。すでに製造中止なのですが、aitendoを始め、いくつかで在庫がありました。
こちらが純正Rev.Aのチップ写真です。チップサイズは1.5✕2.5mmで、明らかに、先ほどのマーキングなしRev.A(自称)とは違うレイアウトです。とはいえ、ここまでくると、どれがホンモノか、正直自信はなくなってきます。同様に設計ルールを計測してみると、同じく0.8μmでした。
このように、新種のニセモノ(Rev.A)が見つかりました。これも、先のニセモノと同じく、設計にはそれなりの工数がかかるはずなのですが、それでもビジネスとして成り立つようで、そのあたりの詳細な分析を、ぜひしてみたいところです。
4. さらに深まるニセモノの世界
これで一段落、と思っていたら、ちっちゃいものくらぶのtomonさんから、もっといろいろなニセモノがあるよ、という情報をいただきました。tomonさんはこれまでにPL2303が載ったボードを販売されていて、その過程でニセモノに悩まされたことが何度かあるそうです。ご厚意で、お手元にあるPL2303(自称を含む)を送っていただきました。
明らかにマーキングの色が違ったりと、いろいろなバリエーションがあります。ちなみにこのようなバリエーションは中国の電子部品市場ではかなり一般的なようです。昔の74シリーズのICのころには一般的だった「セカンドソース」(これは、半導体の歩留まりが悪かった時代に、部品供給の冗長化の観点から互換品を相互につくる、という風習だそうです)に似ている気もしますが、商標などの知財はどうなっているのだろう、と、興味は尽きません。
ちなみに、tomonさんから「PL2303は、USBシリアル変換のICとして有名なFT232の置き換えを狙った安価な互換品として始まったんだよ?」と教えていただいて、うそーん?と調べてみたら、たしかに両者はピン互換でした。FT232の置き換えをねらったPL2303が、さらに別のメーカーから「国産」品をつくられる…中国の半導体産業は、なかなか奥が深そうです。そんな奥深さを、チップを見てみることで、少し垣間見てみました。
5. まとめ
今回は互換チップのホンモノとニセモノを拝んできましたがいかがだったでしょうか?チップを拝むシリーズは今回で終了し、次回からは新シリーズがスタートする予定です。お楽しみに!
今回の連載の流れ
第1回:ToF距離センサの仕組み
第2回:加速度センサの仕組み
第3回:温度センサの仕組み
第4回:光学式マウスのチップを拝む
第5回:チップを拝む〜互換チップの世界〜(今回)
第6回:ソースコードを覗く〜GPIO編〜
第7回:ソースコードを覗く〜analogWrite編〜
第8回:ソースコードを覗く〜なんか動作がおかしくなった編〜