光学式マウスのチップを拝む
第1回:ToF距離センサの仕組み
第2回:加速度センサの仕組み
第3回:温度センサの仕組み
しっかりとした正しい知識を基礎から学び、長く電子工作を楽しむことができるようになることを目的とした今回の連載。分かりやすく解説してくれるのは、金沢大学 電子情報通信学類 教授の秋田純一先生です。第1回、第2回、第3回ではさまざまなセンサについて解説してもらいましたが、今回からは新シリーズ「チップを拝む」がスタート。今回は光学マウスのチップについて解説頂きます。
※製品の分解はご自身の責任においておこなってください。分解による故障等の損害が発生しても一切の責任を追いかねます。
目次
1. 半導体チップはどこにある?
「半導体」とか「集積回路」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。俗に「チップ」と呼ばれることもあるもので、パソコンやスマホをはじめ、最近では電気で動くものほとんどすべてに入っている電子部品です。
そんな身近にあるものなのに、その実物を普段目にすることは、なかなかありません。電子機器を分解すると、だいたいプリント基板という板があって、その上にたくさん載っている電子部品のうち、黒い四角い形をしているものが「チップ」と呼ばれるものです。しかし、実は「本当のチップ」は、この黒いものの中にある、数mm角ぐらいのキラキラした破片(文字通り”chip”)です。
このチップはなかなかきれいなので、直接拝んでみたいところなのですが、この黒いプラスチックのパッケージが難敵です。発煙硝酸と濃硫酸で溶かすのが一般的なのですが「そんなの、どこのご家庭にもないよ!」とツッコミたくなります。かといってハンマーで叩くと、肝心のチップまで割れてしまって…。とはいえ、いくつかやりかたはあるのですが、それは次回ご紹介するとして、今回はもっとお手軽にチップを拝む方法をご紹介します。
2. 光学式マウスとは
パソコンの操作に使うマウスですが、ひと昔前はボールが入っていて、その回転からマウスの移動を検知するものが一般的でした。しかし、最近はすっかり見なくなってしまい、もっぱら光学式と呼ばれるものがほとんどです。みなさんのお手元にも、古いパソコンに付いていたりして、既に使わないものがあればそれを分解してみましょう。最近は100円ショップで売っている光学式マウスもありますので、それを買ってみるのもいいですね。
近くの100円ショップを見てみたら、この3つの光学式マウスが売っていました。一番安いシンプルなものは100円(税別)です。無線マウスが300円、細かい操作ができるゲーミングマウスが500円でした。こんな値段でマウスが買えるなんて、いい世の中になりました。
まず、この光学式マウスの原理を見ておきましょう。光学式マウスでは、マウスの中にカメラが入っていて、マウスの裏面、つまりマウスパッドや机の表面を撮影しています。マウスを動かすと、そこに映っている表面の模様が動きますが、その動き(向きと移動量)は、オプティカルフローという画像処理によって求めることができます。
オプティカルフローとは、前の瞬間の画像をいろいろな向きに動かして、今の画像と一致するものを探す、という処理です。このオプティカルフローの処理を、毎秒1000回くらいおこなうことで、マウスの動きを求めているわけです。ちなみにツルツルな面の上では、マウスが思ったように動かなくてイライラすることがありますが、これはオプティカルフローを求めるための表面画像の特徴的な点がなく、動きを正しく求められないためです。
先ほどの3つのマウスをドライバでネジをはずして分解するとこのような感じでした。中央にある黒い部品が、光学式マウスの心臓部ともいえる、表面の画像をとってオプティカルフローを求めるカメラ(イメージセンサ)です。これ、単なるカメラではなくて、オプティカルフロー処理もおこない、その演算結果、つまりマウスの移動量までも出てくる、というスグレモノです。
さて、「チップを拝む」のに、なぜ光学式マウスを使うかというと、イメージセンサのチップが外から見えるようにできているから、なのです。表面の画像(つまり光の信号)をチップに当てて、それを処理するわけですから、かならずチップの表面が外から見えるようにできています。
3. 100円と300円の光学マウスのチップを拝む
100円と300円のマウスは同じイメージセンサが使われているようでしたので、まずはこれを拝んでみましょう。
チップが外から見えるはず、といいつつ、残念ながらパッケージに空いている穴がすごく小さくて、何かキラキラしたものがある、くらいは分かるのですが、チップを詳しく拝めません。ただ、幸いにこのパッケージは分解しやすくて、隙間にカッターの刃を差し込んでこじ開けると、簡単に外すことができて、中のチップがご開帳となります。
中のチップはとても小さくて、さすがに肉眼では詳しく見えませんが、ルーペやスマホのマクロ撮影でもある程度は見ることができます。もっと詳しく見るには、顕微鏡を使ってみましょう。最近はパソコンにUSBで接続できる顕微鏡が安く売っているので、一つぐらいお手元に持っていても良いと思います。
さっそくこの顕微鏡でご開帳されたチップを撮影すると、イメージセンサのチップ(赤い四角で囲った中)が見えてきます。チップと周りの電極は、細い金線で接続されているのも見えます。余談ですが、この金線(ボンディングワイヤ)はほとんどすべてのチップで使われていて、一つのチップで使われている量はわずかでも、世の中で使われているチップの量が膨大なので、集めると結構な量になって、「都市鉱山」と呼ばれたりします。東京オリンピックの金メダルを、回収した家電や携帯・スマホから作ろう、という話もありました。
もう少し倍率を上げると、詳しいチップの構造が見えてきます。この左側に、マス目のような構造がありますが、これがカメラの部分です。画像は画素という小さな四角がマス目状に並んでいますが、チップ状のマス目の一つ一つが画素です。一つの画素は、光が当たると電流が生じるフォトダイオードと、その信号を増幅する回路からなっています。このイメージセンサの画素は16×16個あるようです。
右側の金色の部分は、なにか不思議な模様が見えますが、これはカメラから得た画像(机の表面の模様)からオプティカルフロー処理をおこなう回路の部分です。
もう少し拡大するとこのような感じです。手持ちのUSB顕微鏡ではこれが限界でした。
しっかりとした顕微鏡で見ると、もっと細かい構造もはっきり見えます。画素の部分はロの字のような構造をしているようです。
この顕微鏡の画像をもう少し詳しく分析すると、チップ状の一番細かいパターンがどれくらいかを計測することができます。このチップでは、およそ3μm(1000分の3mm、髪の太さの1/30くらい)でした。ちなみにこの寸法は、最新のチップの100倍以上大きいものです。
4. 500円の光学マウスのチップを拝む
調子にのって、もうひとつのゲーミングマウスの方も見てみましょう。先ほどのものとは違うイメージセンサのようです。
同じようにバラして顕微鏡で見ると、ちょっとカメラの画素が並んでいる部分が小さいようです。画素の数は18×18個でした。先ほどのものとそれほど差はありませんが、ゲーミングマウス用だけあって、オプティカルフローの精度が少し高いのでしょうか(それよりもカメラのフレームレートとオプティカルフローの処理速度が速くてマウスの素早い動きも検知できる、というほうがありそうです)。
しっかりとした顕微鏡で見てみると、処理回路の部分(左の部分)が結構ぎっしり詰まっていそうなことが分かります。
先ほどと同じ方法でパターンを計測すると、0.8μmくらいの配線が見つかりました。先ほどのものより高い精度の製造技術で作られているチップのようです。加工線幅が細かいほど、いわゆるムーアの法則で、処理性能が高くなりますが、ゲーミングマウス用の高速処理ができるカギも、このあたりにありそうです。
なお、今回紹介したようなマウスを含めて、いろいろな100円ショップのガジェットを分解して解析する楽しい本がありますので、ご興味ある方はぜひ。
「100円ショップ」のガジェットを分解してみる!《Part2》」
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4777521346/
5. デジカメのチップは拝めるのか?
カメラといえば、デジカメもカメラです。しかもレンズ交換式の一眼レフカメラならば、イメージセンサ部分が丸見えです。試しに手元にあった一眼レフカメラのPanasonicのDMC-G6のイメージセンサを顕微鏡で見ようとしてみたのですが、レンズマウントが邪魔で顕微鏡が十分近くまで下ろせません。また、赤外カットフィルタが分厚いようで、うまく見ることができませんでした。残念。
ちなみにスペック表によると、イメージセンサ部分は1605万画素、サイズが23.4×16.7mmとのことなので、仮に全面が画素として計算すると、1つの画素の面積は24μm2、つまり1辺が5μm、ということになります。
6. まとめ
さまざまな製品のチップを見ていく本連載。今回は光学式マウスのチップについて紹介していきましたが、いかがでしたでしょうか?次回もお楽しみに!
今回の連載の流れ
第1回:ToF距離センサの仕組み
第2回:加速度センサの仕組み
第3回:温度センサの仕組み
第4回:光学式マウスのチップを拝む(今回)
第5回:チップを拝む〜互換チップの世界〜
第6回:ソースコードを覗く〜GPIO編〜
第7回:ソースコードを覗く〜analogWrite編〜
第8回:ソースコードを覗く〜なんか動作がおかしくなった編〜