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無線通信規格920MHz帯「Wi-SUN」を活用した気象ステーションの製作【第5回】

 Wi-SUNの伝搬距離評価とシステム全体のまとめ

 

第1回:システムの概要と部品構成
第2回:ハードウエアについて
第3回:ソフトウェアと省電力手法
第4回:クラウド連携と自宅内サーバーへのデータ保存・グラフ表示

 

Wi-SUNを活用した気象ステーションの製作の連載第5回は、Wi-SUNの伝搬距離評価について解説します。また今回で連載の最終回となりますので、システム全体のまとめについても最後に触れたいと思います。

 

目次

  1. Wi-SUNの特徴についておさらい
  2. 「奥村−秦モデル」を使用したWi-SUN伝搬距離の見積もり
  3. Wi-SUN伝搬距離の測定環境
  4. Wi-SUN伝搬距離の測定結果と「奥村−秦モデル」シミュレーションとの比較
  5. Wi-SUN気象ステーションのまとめ

 

1. Wi-SUNの特徴についておさらい

最初にWi-SUNの伝搬距離評価に関わる要素・特徴についておさらいします。図1は本連載の第1回で使用したWi-SUNのポジショニング図(ローム株式会社の資料「Wi-SUN無線通信モジュールの最新技術動向」から引用)です。

図1 IoT向け無線通信規格の比較・ポジショニング

 

まず、Wi-SUNは920MHz帯の周波数を使用しています。こちらは特定小電力無線に割り当てられており、無線局免許などの手続きなし(アンライセンス)で使用可能です。そのため最大送信出力は20mW等に制限されています。

また、920MHz帯はWi-Fiなどで使用されている2.4G/5Gに比べて減衰量が小さく、回折特性が良好なため障害物などがあっても電波が届きやすいという特徴があります。

以上のような特性を持った920MHz帯を使用したWi-SUNは、見通し距離で1km程度までの伝搬距離を確保できることが図1で示されています。

 

2. 「奥村−秦モデル」を使用したWi-SUN伝搬距離の見積もり

前項の図1で示した1km程度の伝搬距離というのは「見通し距離=送信・受信アンテナの間に障害物が全く無い」という理想的な状態での値です。実際の設置環境では建物や樹木などの障害物が間に入ってきます。また、アンテナの地上高も考慮する必要があります。この見通し距離を上げるには送信アンテナをより高所に設置するほうが有利です。これはFMラジオや地デジの送信アンテナが、スカイツリーや東京タワーの高所に設置されていることからもお分かりいただけると思います。

 

それでは実際の様々な設置環境でWi-SUNはどの程度の伝搬距離が見込めるのでしょうか?これに使用できる電波伝搬のシミュレーション手法に「奥村−秦モデル」があります。

奥村−秦モデルは携帯電話の基地局や移動局の電波伝搬を検討するために作られた推定法です。市街地や郊外地、開放地に分けられて電界強度の送受信間距離や周波数、アンテナ高等の違いによる伝搬特性としてまとめられています。このモデルを利用するための推定式がITU-R(REC. ITU-R P.1546 ANNEX 7 “Comparison with the Okumura-Hata method”)に規定されています。

参考リンク:アンテナ・伝播研究専門委員会による解説ページ

https://www.ieice.org/cs/ap/misc/denpan-db/prop_model_db/model_list/okumura-hata-formula/

 

以下の図2にこの奥村−秦モデルの推定式を示します。

図2 奥村−秦モデルの推定式

 

送信アンテナhb→受信アンテナhm間の距離dにおける伝搬ロスLp(Path loss)を推定する算出式が、「Urban areas:市街地(Large/Medium)」「Suburban areas:郊外地」「Open areas:開放地」の異なる伝搬環境に分けて規定されています。

この算出式によって得られるLp(Path loss)で、送信出力が減衰して受信側に伝搬しますが、考慮する必要のあるのが送信・受信アンテナのゲインです。これらの関係をまとめたものを図3に示します。

図3 受信レベルの算出

 

これにより伝搬距離には使用するアンテナの性能が大きく影響することがわかります。送受信側双方にできるだけハイゲインなアンテナを使用することで、伝搬距離を長くすることができます。

今回、ローム社様にアドバイスをいただき、実際におこなったWi-SUN伝搬距離測定結果を、この奥村−秦モデルのシミュレーション結果と比較して検証してみました。

 

3. Wi-SUN伝搬距離の測定環境

それでは実際に測定をおこなった環境や機器セットアップについて解説します。

今回の伝搬距離測定では、機器をビルや建物が多い都市部(東京都郊外)に設置して測定をおこないました。以下の写真1が送信部を設置したビルと内部の様子です。

写真1 送信部の設置場所

 

送信部はビルの7階(高さ=約30m)の窓際に設置しました。本体は気象ステーションの測定部をそのまま使用しています。風向・雨量計は接続していませんが、温度・湿度、大気圧等のセンサで測定したデータを送信し、受信データの正常性を確認できるようにしています。

 

次に受信部を写真2に示します。

写真2 受信部:移動ステーション

 

受信部ですが、Wi-SUN USBドングルBP35C2をカメラの3脚に取り付け、およそ1.5mの高さに固定しています。同時に位置を計測するためのGPSユニット(秋月電子製:GYSFDMAXB)も使用。これらはUSBハブを介して端末(Mac Book Air)に繋ぎ、Pythonの受信プログラムでデータを取得しています。

図2の左上が測定端末を移動させた場所の写真で、周りは10階建以上の高さのビルで囲まれています。このビルの間の道路に移動ステーションを置いて移動し、データの受信確認を行いました。

 

4. Wi-SUN伝搬距離の測定結果と「奥村−秦モデル」シミュレーションとの比較

それではこの環境で実際に測定した結果を図4に示します。

図4 Wi-SUN伝搬距離測定結果(Google Mapによる距離測定)

 

【測定結果】

伝搬距離=208.51m (地図上の直線距離)

受信レベル RSSI=28 (-96.54dBm)

 

地図上の左、距離=0のポイントがビル7階の送信部設置場所です。右上の208.51mの地点が今回の最長通信可能なポイントになります。

次にこの条件での「奥村−秦モデル」によるシミュレーション結果と比較してみましょう。与えるパラメータは以下になります。

  • 周波数=920MHz
  • hb(送信アンテナの高さ)=30m
  • hm(受信アンテナの高さ)=1.5m
  • 送信レベル=+13dBm
  • 送信アンテナゲイン=-6dBi
  • 受信アンテナゲイン=-6dBi

今回使用しているWi-SUNモジュール:SPRESENSE用 Add-onボード「SPRESENSE-WiSUN-EVK-701」とUSBドングル「BP35C2」は共にチップアンテナを使用しています。チップアンテナのゲインは送信、受信共に-6dBiです。

図5にシミュレーション結果と実測値の比較を示します。

図5 奥村−秦モデルによるシミュレーション結果と実測値比較

 

図5のグラフですが、X軸が伝搬距離(m)、Y軸が受信レベル(dBm)を表しています。グラフ一番下のライン(オレンジ色)がLarge size city(大都市)の結果です。ブルーのラインがMed size city(中規模都市)ですが、今回の条件では大都市の結果とほとんど一緒で重なって見えなくなっています。その上のグレーのラインがSuburban areas(郊外地)でイエローがOpen areas(開放地)です。今回の実測環境はオレンジ色の大都市のモデルが最も適合するものとなります。

 

実際の測定結果は赤のバツ印のポイントで、その時の受信レベル(RSSI=28/-96.54dBm)は赤の点線で示されています。このRSSI値は0から255の範囲で規定されており、ローム社からご教授いただいたWi-SUNモジュールの最小受信レベルのスペックはRSSI=4.62:-103dBm(BER<0.1%)です。今回得られたRSSI=28:-96.54dBmという値は、最小レベルに伝搬ペナルティ(マルチパス、空間ノイズその他)を加えた妥当な結果と考えられます。

 

グラフ上のオレンジのシミュレーション・ラインと赤点線の交点はおよそ距離160mになるので、今回の伝搬距離:208.51mはこのシミュレーション結果を上回っています。送信側の設置場所がガラス窓の内側であることや、市街地で車の通行も多いノイズの多い悪条件にもかかわらず、非常に良好な結果を得られていることがわかりますね。

 

さらに伝搬距離を伸ばすにはよりゲインの高いアンテナを使用する方法があります。例えば受信側にモノポール・アンテナを使用すればアンテナゲインは+3dBiに上昇します。チップアンテナに比べると+9dBレベルが上昇し、大都市モデルではさらに120mほど伝搬距離が延びることになります。

 

5. Wi-SUN気象ステーションのまとめ

今回で連載は最終回になりますので、システムを製作・稼働させて気のついた点などをまとめてみたいと思います。

まず、今回のシステムで一番気になった点は、バッテリでのオペレーションで永続的な動作が可能になるかどうかです。以下の図6に、連続運用した期間のバッテリ電圧の変化を示します。

図6 半年間のバッテリー電圧の推移

 

X軸は時間経過を表し、稼働開始した2022年3月24日から9月24日までの半年間のバッテリ電圧の変化を示しています。この間システムは一度も停止しておらず、安定して連続稼働していました。

 

本システムではバッテリを太陽電池で充電をおこないながら運用しています。春から夏の8月末までは定常電圧の6Vを上回っており、充電によるバッテリのリカバリがうまく動作していることがわかります。しかし9月に入ると日射量が低下したためかバッテリ電圧は下降してしまいました。これは現状の太陽電池パネルの設置場所が悪く、太陽の南中角度が低くなる秋口からパネルに充分な日射を受けていなかったことが原因です。現在太陽電池パネルの設置場所を変更する予定で、これによって秋から冬にかけても問題なく連続稼働できると思われます。

 

システムの消費電力は、Wi-SUNが低消費電力であることと、使用したSPRESENSEの柔軟なLowPowerモードにより低く抑えることができました。ただ、これらを収容した屋外のボックスは下部のケーブル収容の穴以外は閉じられているので、機器からの熱で温度が上昇するのではないかと懸念していました。機器の内部には温度センサがあり、そのデータも記録しているので外気温と比較してみます(図7)。

図7 外気温と機器内部温度の比較

 

図7の緑のラインが外気温、黄色のラインが機器の内部温度です。グラフには1日分のデータが表示されていますが、両者には特に大きな差がないことがわかります。屋外のユニットでは機器の内部温度が上がると、虫などが暖を取れるのでケース内に入り込んでくることもありますが、今のところそういった問題は起こっていません。これはWi-SUN・SPRESENSEが低消費電力でパワーのマネージメントが優秀なため、発熱が特に問題にならないことを示しています。

 

あと、今回の気象ステーションは屋外に設置しており、夏場には機器内温度が40度を超えるような局面も発生しました。また、本体は防水性を考慮したケースに収容していますが、降雨時には湿度が90%を超えるような状況も起こっています。SPRESENSEの推奨動作環境が、温度 10℃~40℃ 湿度 30%~80%(結露発生なし)と、この値を超えており心配していましたが、特に問題なく長期間安定動作しています。Wi-SUN通信モジュールも含めてハードウェアの信頼性は非常に高いことがわかりました。

ソフトウェアもライブラリのサポートが充実しているため、スムーズに短期間で開発を行うことができました。長期間の動作でもソフトウェアに起因する問題は特に起こっていません。

 

1点、今後の課題ですが、現状屋外のユニットではRTCなどの時刻を管理する機能は使用していませんでした。SPRESENSEはRTCとGPSを持っているので、高精度なGNSS から得られた時刻情報をRTCに設定して利用することも可能です。現状のシステムではそれほど測定時刻に厳密さは必要ないと考えて、ラズパイでのデータ受信時刻を測定時刻としています。ただ、やはり厳密には測定時の時刻を使用する方が良いので、ぜひ改版して機能を盛り込めればと思います。

 

以上でWi-SUNを利用した気象ステーションの連載を終わりますが、本機と同様にWi-SUNとSPRESENSEを活用して、多様なIoTセンシングシステムへの応用が可能になると思います。本記事が何か皆様のシステム開発のお役に立てれば幸いです。長期にわたりご覧いただきありがとうございました。

 

 

今回の連載の流れ

第1回:システムの概要と部品構成
第2回:ハードウエアについて
第3回:ソフトウェアと省電力手法
第4回:クラウド連携と自宅内サーバーへのデータ保存・グラフ表示
第5回:Wi-SUNの伝搬距離評価とシステム全体のまとめ(今回)

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測定器会社、ネットワーク機器ベンダーでシステム・エンジニアに従事。現在自作派向けの電子工作記事を各誌に掲載中。趣味は古楽器・リュートの演奏。日本リュート協会・理事

http://lute.penne.jp/thumbunder/

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