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無線通信規格920MHz帯「Wi-SUN」を活用した気象ステーションの製作【第1回】

システムの概要と部品構成

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目次

  1. はじめに
  2. システムの全体構成
  3. 主要構成品
  4. 設置環境
  5. 今後の連載予定について

 

1. はじめに

IoTを活用したシステムを構築する際に利用できる無線技術として、LPWA(Low Power Wide Area)が注目されています。例えばIoTの代表的な利用例としてセンサによるデータ収集システムがありますが、LPWAの「低消費電力、長距離伝送」という特徴は、このようなアプリケーションのデザインにピタリと適合します。

そんなLPWAには種々の方式が存在しますが、ローム株式会社が推進している規格が「Wi-SUN」です。Wi-SUNはWireless Smart Utility Networkの略で、IEEE802.15.4gで国際標準化されている日本発の無線通信規格です。ポピュラーなWi-Fiより通信可能距離が長く、最大300kbpsの伝送速度があり、IoT向けに最適化された規格です。また基地局が不要なため自営でネットワークを構築できるメリットがあり、ローパワーで特定小電力無線に割り当てられた920MHz帯を使用するため、無線局免許などの手続き無し(アンライセンス)で使用できます。その他にもWi-SUNは電力会社のスマートメータ向けの規格(Bルート)としても広く導入されています。

Wi-SUNについてはローム株式会社がわかりやすいWebページを公開していますので、ぜひご参照ください。
https://www.rohm.co.jp/electronics-basics/wireless/wireless_what4

また、Wi-SUNを代表的な無線規格と比較したポジショニング図をローム株式会社の資料「Wi-SUN無線通信モジュールの最新技術動向」から以下に引用します。

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IoT向け無線通信規格の比較・ポジショニング

 

Wi-SUNは基地局不要な規格の中では最も伝達距離が長く、他のIoT向け規格と同等以上の伝送速度を持っていることがわかります。

今回そんなWi-SUNを個人でも利用して実際にIoT機器を作製してみようということで、「気象ステーション」に応用してみました。当方は以前から温度・湿度や大気圧などの気象パラメーターを測定して収集するシステムを構築してきました。室外にセンサを設置して温度・湿度や日照のパラメーターを測定するものですが、通信手段にはWi-Fiを使用しています。その際の問題点として以下の2点があります。

  • 屋外と屋内の通信距離に制限が出て、測定に最適な場所にセンサを設置できない
  • Wi-Fi通信時の消費電力が大きい

気象ステーションでは、設置場所が測定結果に大きな影響を与えます。日当たりの悪い場所や風の通りの悪いところに設置すると、得られるデータが不確かになってきます。現在のWi-Fi構成では、室内の親機との通信を問題なく行うためには窓際のすぐ近くの条件の悪い場所にセンサを設置せざる負えなくなっています。Wi-SUNは1km程度までの到達距離が可能なため、屋外での設置の自由度ははるかに向上します。例えばもっと広大な敷地で展開する農業分野での活用などを考えた場合、ここは極めて重要なポイントになります。

もう一点電波で重要な要素に障害物に対する耐性、いわゆる「曲がりやすさ:回折」があります。Wi-SUNで使用されている920MHz帯はWi-Fiで使用されている2.4G/5Gに比べて障害物などがあっても電波が届きやすく、他の機器などからの干渉も少ない点は大きなメリットです。

さらに2番目のポイントで、ユニットを屋外に設置する場合に問題になるのが電源です。商用電源へのアクセスはほぼ不可になるので、バッテリオペレーションが必須になります。加えてバッテリの交換も極力避けたいので、システム自身の消費電力をいかに抑えるかがカギになります。センサシステムで最も電力を消費する局面は、電波の送信時になりますが、Wi-SUNはWi-Fiの数100mAオーダの消費電力に比べて一桁少ない、数10mAオーダの消費電力で済みます(ローム株式会社 無線通信 基礎より)。

これによりWi-SUNを使用してシステムトータルで消費電力を抑え、バッテリオペレーションによる長時間運用を実現することが可能になります。

 

2. システムの全体構成

それでは初めに今回Wi-SUNを活用して作成した気象ステーションの構成概要をご説明します。システムの全体図を以下に示します。

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左が屋外に設置する気象ステーション部分になります。今回作製したシステムでは、以下の項目を測定しデータ収集をおこないます。
(A)外気温、湿度、大気圧、照度、ユニット内部温度、バッテリ電圧
(B)風速、風向、雨量

(A)は周期的に測定する項目で、主に「自然通風シェルター」に設置したセンサ類でデータを測定します。(B)はイベント発生・割り込み処理を基本とした項目になり、測定ユニットは市販品で利用しやすいSparkFun社の「Weather Meter Kit」を使用しています。

本システムの全体制御を司るコントローラには、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社のSPRESENSEを使用しています。これは今回使用したWi-SUNのボードがSPRESENSEに対応しているために使用したものですが、逆にSPRESENSEのIoTシステムに向けた数々の優れた特徴を知ることができ、それらを利用して本システムの構築をスムーズにおこなうことができました。

また、サブのコントローラとしてArduino Pro Miniも使用しており、こちらは(B)の割り込み系のデータ収集を担当しています。あえて2つのコントローラに制御を分割した理由やそのメリットは連載の中で詳しく解説します。

次に電源系ですが、バッテリ運用を基本として、それに太陽電池による充電システムを加えています。これによりバッテリ交換などおこなわなくても長期間運用できるシステムとなることを目指しています。

そして右側の自宅部分ですが、Wi-SUNはUSBドングルタイプのアダプタを使い、それをRaspberry Pi(以下ラズパイ)に入れて使用しています。ラズパイ上ではPythonによるデータ受信プログラムが動作しており、クラウドやサーバーにデータを送信します。クラウドにはIoT用としてポピュラーな「Ambient」を利用しています(下図)。

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3. 主要構成品

本気象システムで使用している主要な構成品について以下解説します。

(1)ローム株式会社 Wi-SUNシステム

Wi-SUNの通信部分を担うのは、SPRESENSE用 Add-onボード「SPRESENSE-WiSUN-EVK-701」とUSBドングル「BP35C2」です。

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リレー通信やスリープ機能を含む、より汎用的に使用できる規格である「Wi-SUN Enhanced HAN」に対応しています。今回は最もシンプルな1対1のポイントtoポイント通信で使用しています。

(2)ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社 SPRESENSEコントローラ

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SPRESENSEは、ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社が主にIoT向けに開発したボードコンピュータで、Arduinoと互換性があります。低消費電力のマルチコアを内蔵し、高いパフォーマンスと柔軟な拡張性を持ちます。メインボードはI/Oが1.8V系で構成されており、Arduino互換のコネクターを持つ拡張ボードを使用すれば、3.3V/5Vのどちらの系でも切り替えて使用可能です。

(3)SparkFun社 Weather Station

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気象ステーションの測定項目のうち、風速・風向・雨量については入手が容易なSparkFun社のWeather Meter Kitを使用しました。これとセットで使用できるArduino用のWeather Shieldも利用でき、ソフトウェア・ライブラリも供給されています。ただ調達元(スイッチサイエンス)の製品ページには、「本機はボビー用途向けなので、気象予報業務を目的とした計測や精度を求める測定には利用できません」と書かれているので注意が必要です。しかし、個人での使用用途では充分実用的なデータが得られています。

また、前述の通りこの風速・風向・雨量についてはデータ収集用にサブのコントローラとしてArduino Pro miniを使用しています。メインのコントローラであるSPRESENSEとの測定データの送受はシリアルポート経由でおこなっています。

(4)屋外センサ

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屋外で気象観測・測定を行う場合に問題になるのが、直射日光や風雨雪の影響です。これを避けるために使用されるのが「百葉箱」で、通気性を確保した白い屋根付きの木箱が学校などに設置されていたのを記憶されている方も多いかと思います。この百葉箱の機能をコンパクトにしたものが「自然通風シェルター」で、その見た目から「パゴダ:仏塔」とも呼ばれています。

本システムではこの中に温度・湿度センサを設置し、上部に日照量を測定する光センサモジュールを取り付けています。使用しているAM2301B:温湿度センサモジュールは、ユニットが保護ケースに実装されており、そのままシェルター内に吊り下げて取り付けています。光センサモジュールには、ローム株式会社のBH1750が使われており、光の強度をLux値で直接読み取ることができます。インターフェースはどちらもI2Cです。

大気圧の測定は、シェルター内にセンサを実装する必要がないため、Weather Shieldに付属しているMPL3115A2大気圧センサから測定値を読み取っています。こちらもI2Cで接続します。

(5)バッテリシステム

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屋外にシステムを設置する場合に問題になるのが電源です。本機では長期間の自立動作を目指して、バッテリと太陽電池による充電システムを使用しています。まずバッテリですが、最近最も使われているのが高性能なリチウムイオン電池です。エネルギー密度が高く小型で大容量なため、スマートフォンやポータブル機器では例外なく使用されています。
しかし発火や発煙の恐れがあるので使用には注意が必要です。また屋外での利用では動作温度範囲の確認も必要です。本システムでは安全性と屋外での動作可能温度範囲を考慮して、あえて密閉型の鉛蓄電池を使用しました。

電池の電圧は6Vで、その電圧に対応した充電コントローラと太陽電池パネルを選択しています。すべて秋月電子で調達できます。システムの電源はこの電池の6V出力に、5Vの定損失レギュレータ(LDO)を入れて構成しています。

(6)屋外の収納ボックス

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屋外に機器を設置する場合には、雨から電子機器を守るために防水性が考慮された収納ボックスが必要になります。未来工業から発売されている「ウオルボックス」を使用して主要機器を収納しました。上部には屋根が設置されており、下部から扉を閉じた状態でケーブルが引き出せるように穴が開けられるようになっています。穴や開口部には縁が設けられており、水が回り込んで内部に入らないように工夫されています。また基板や部品をねじ止めできる樹脂製基台が取り付けられており、非常に使い勝手が良い製品です。

(7)屋内のラズパイ・コントローラ

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屋内ではWi-SUNのUSBドングルをラズパイに接続し、データ受信ステーションとして動作させています。BP35C2 USBドングルのスタートアップ資料ではPCのターミナルソフトでの動作例しか示されていませんが、本機ではラズパイを使用したpythonでのプログラム制御で問題なく動作しています。Wi-SUNで受信した測定データをpythonで処理し、クラウドサービスのAmbientや自前のサーバにデータ転送をおこなっています。

ラズパイは自宅2Fの室内に適当に設置し、窓も閉めた状態ですが、屋外のSPRESENSE Wi-SUNアドオンボードと問題なく通信できています。使用しているラズパイのモデルはPi 3 Model Bです。

 

4. 設置環境

以上構成品の概要をご説明しましたが、屋外のステーションは自宅の庭の奥にある門柱に沿って設置しています。

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今回のシステムでは風速・風向も測定するので、台風などの強風時にもステーションが転倒しないよう建造物に固定して補強しています。「Weather Station」の取り付け用パイプはテレビアンテナの屋根馬を利用して設置しています。

 

5. 今後の連載予定について

今回はシステムの概要をご説明しましたが、今後全部で4回の連載でシステムの詳細を解説していきます。各回の内容は以下の通りです。

第1回 システムの概要(本記事)

第2回 ハードウエアについて
本システムの回路構成と実際の製作方法、実装方法について解説します。

第3回 ソフトウェアと省電力手法
コントローラとして使用しているSPRESENSEとArduino Pro miniの制御ソフトウェア、宅内のラズパイのPythonソフトウェアについて解説します。また、バッテリオペレーションの鍵となる、省電力の手法についても実測値を示して説明します。

第4回 クラウド・サーバ連携とWi-SUN到達距離調査
取得した測定データをクラウドサービスや自前のサーバで利用する手法について解説します。そして本システムのキーデバイスであるWi-SUN通信モジュールの到達距離を実際に評価してみた結果についてもご紹介する予定です。

個人で気象ステーションを設置して、日々気温や湿度、気圧や風の様子をモニタすることは非常に有益かつ楽しく、日常生活にも大いに役立つと感じています。これらの気象パラメーターは人間の体調にも影響を与えています。例えば暑さ寒さはもちろんのこと、湿度では乾燥によって皮膚やお肌のコンディションが悪化します。また、台風の接近時には気圧が大きく低下しますが、その際、偏頭痛などの体調不良が起こった経験はないでしょうか?

実は天気の変化による気圧差や温度差によって起こる体調不良を「気象病」と呼んでおり、それによって頭痛や肩こり、目眩などの症状が引き起こされているのです。気圧が下がると地表部分の酸素濃度の低下を招き、酸素消費を抑えるため副交感神経が優位になって自律神経が乱れてきます。これによって体調不良が起こるのが気象病なのです。

さらに、寒暖差が大きいと自律神経の過負荷を招き、冷えによる不調で免疫力が低下し、風邪などの病気にかかりやすくなります。こういった気象現象の変化をモニタして、あらかじめ異常を察知することによって、自身や家族の体調管理や病気の予防に役立てることができます。

トンガの海底火山の噴火も観測

また、先日(2022年1月15日)トンガで大規模な海底火山の噴火が起こりましたが、それによって発生した衝撃波による気圧の変化が日本でも報告されました。この現象は当方の気圧モニタでも観測することができました。

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画面中央右の、20:30〜20:40にかけて発生したピークがそれですが、大きく2hPaの変動が起こっています。これは気象庁の発表したデータとも良く一致していました。こういった現象も個人レベルで観測でき、より身近に地球の気象変化を感じとることができます。

それではWi-SUNの特徴を生かした気象ステーションの製作記事の連載、全4回の長期になりますがよろしくお願い致します。お楽しみに!

 

 

今回の連載の流れ

第1回:システムの概要と部品構成(今回)
第2回:ハードウエアについて
第3回:ソフトウェアと省電力手法
第4回:クラウド連携と自宅内サーバーへのデータ保存・グラフ表示
第5回:Wi-SUNの伝搬距離評価とシステム全体のまとめ

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測定器会社、ネットワーク機器ベンダーでシステム・エンジニアに従事。現在自作派向けの電子工作記事を各誌に掲載中。趣味は古楽器・リュートの演奏。日本リュート協会・理事

http://lute.penne.jp/thumbunder/

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